01年11月 ヒミズ連載中、初めてそれを読んだ林が講談社、古谷氏宛てに手紙を書く。
02年 3月 ヒミズ連載終了。
4月 林の「この作品を誰よりも先に脚本にしたい」という発言から舞台化の企画が浮上。
企画意図を編集部に伝え、2週間後、Oi−SCALE活動開始。
旗揚げ公演「僕がブルーハーツとダウンタウンを好きになった理由」上演。
5月 林、講談社、ヤングマガジン編集部への訪問が開始される。
03年 9月 様々な問題をクリアし、遂に講談社より、この企画への許可がおり、舞台化に向け
て本格的に始動。
10月 ラフォーレミュージアム原宿のSTAFFが第5回本公演「虹の羽と蛾色」を観劇し、
気に入ってもらい、「ヒミズ」の会場が決定。
10月 第7回本公演「ジレンマセラピー」のチラシと一緒に「ヒミズ」公演情報、オーディショ
ン情報の告知を開始。同時にホームページ上での告知も開始。
CAST、STAFFとの交渉開始。今公演に関してはいくら時間がかかろうとも妥協は
し たくないという、Oi−SCALEの意思により、林が兼ねてより興味を持つ人間に今
作品 への参加を依頼。
12月 豊田利晃監督の仲介により、千原浩史へ林から今企画の説明があり出演を承諾。
林の上京前からの友人P-shirts中島氏との間で兼ねてよりの希望であった作品の共同制作
をこの機会に実現させるべく、今公演のための楽曲を制作開始。
林より歌詞が送られ、P-shirtsによる曲づくりが始まる。
04年 1月 「ジレンマセラピー」後にすぐにキャストオーディション。
予想以上の応募者の中から、後に極数名が出演決定。
2月 美術ミーティングスタート。その後、林と舞台美術仁平による15回に及ぶ接触の後舞台
美術プランが決定する。
それと同時に音響・音楽ナガセナイフとの間で音楽についてのイメージの話し合い、
楽曲制作が開始される。
3月 予定より大幅に遅れキャスト、スタッフが正式に決定。
林と同世代で、様々に活躍する役者達がこの企画に同意する。
今作品が初舞台となる村田充、つぐみと映画、TVで活躍する実力派若手俳優をはじ
め、兼ねてより交友関係のある山中崇、超個性派として小劇場界を賑わすペンギンプ
ルペイルパイルズのぼくもとさきこの参加が決定。
林が演劇を始める前に客席で見ていた舞台に立っていた佐伯新、金子清文の参加
も決定する。
3月 林、宣伝美術清水により本チラシデザインが開始される。
色数を押さえより漫画雑誌的なシンプルかつインパクトのあるデザインが林より提案される。
デザインはいつもどうりOi−SCALEのチラシサイズの中で行われる。
3月 ホームページにヒミズ特設ページ(当コンテンツ)をUP。
4月 宣伝用写真撮影が都内某所で行われる。
撮影には村田充、つぐみ、千原浩史、Oi-SCALEからは林、星が参加。
原作のイメージからボート小屋を背景に午前5時薄暗い中で行われる。
4月 本チラシが大幅に遅れて完成。
クラフト紙を初めて使用する。
林が今公演に考えたコピー
「僕たちは、この時代に生まれたから、この不道徳に共鳴せざる得ないんだ!!」
を表紙に使用する。
ヤングマガジン編集部山崎氏より推薦文を頂く。